「"go" の過去形はなんで似ても似つかない "went" なんだろう…」 「そういえば"like"って『好き』っていうのと『〜のように』って2つ意味があったな…」 中学時代、納得行かずとも覚えてしまった単語や文法。 そして時を経て、今は「世の中は納得行かないことばかりだから…」と諦めてしまったあなた。 "The important thing is not to stop questioning!"(大事なことは問うことをやめないことだ!-アインシュタイン) ダメですよ、つまらない大人になったら! 学問に関して言えば「聞き分けの悪い "なぜなぜ人間" 」にならなくてはいけません。 文明は問い続けることから始まる! っていうのはチョット大袈裟かな… ではここでいくつかの単語や文法の「なぜ?なぜ?」を見ていきましょう。 なぜ "go" の過去形は "went" なの? "go" というのは言うまでもなく「行く」という意味。 その昔、実は "go"と "went" は全く無関係の言葉だったんだ。 1200年代、英語っていう言語もなかった頃、ブリテン島(現在のイギリスで当時はフランスの支配下)では "go" と "wend" っていう別々の単語があった。 両方とも「行く」っていう意味なんだけど、実は "went" は この"wend" の過去形。 ところが次第に "wend" っていう単語が使われなくなって、"go" という単語だけが使われるようになった。 "go"には適当な過去形がなかったため、同じ意味である "wend" の過去形 "went" を人々が勝手に使うようになった。 これってちょっと変な話に聞こえるけど、繰り返すようにこの頃はまだ英語っていう言語もなかった時代。 ブリテン島で話される、いわゆる英語は「ヨーロッパの方言」と考えられていて、人々は本当に好き勝手に話していたんだ。 だから別に "go" と "went" を混同しても別になんとも思わなかったんだね。 ところが戦争によりフランスから分離した国「イギリス」ができつつあった時、「自分達の固有の言語を作ろう!」となった。 1500年代、「本当は違うんだけど、意味としては同じだし、みんなそういう風に話しているから "go" の過去形は "went" にしよう!」と決まったんだ。 なぜ "like" には2通りの意味があるの? "like"… 通常は「好き」っていう風に訳されているけど、考えてみると "It sounds like..." "It looks like..." みたいに「〜〜のように」とも訳せますね。 なぜ "like" っていう一つの単語に2つの全く違う意味があるんだろう? 実は元々は "likojanan(好き)" と "galikaz(〜〜のように)"という別々の単語があったんだ。 この二つの単語は両方ともゲルマン語(ドイツ語)。 この単語が別々に時期に海を越えて北ドイツからイギリスに渡ってきたと考えられている。 別々の単語がイギリスにやって来て、イギリス人が話しているうちに偶然同じ綴りになってしまったと考えられている。 そして "like" が現在のように「〜〜のように」として使われるようになったのは1200年代、「好き」として使われるようになったのは14世紀末ではないかといわれている。 "yesterday" "today"...それなら何故 "tomorrow" だけ "day" がついてない? "yesterday" の "yester-" は 「いつか…」 という意味。 この場合の 「いつか…」というのは「今日以外の日」を指すものだったらしく、過去でも未来でもどっちでも良かったもの。 それが次第に「過去」のほうに使われるようになった。 そして "today"。 この "to" は今の英語で言う "on" とか "at" に当たるもの。 "on" や "at" とは日本語では 「…に」という意味。 概訳すれば「その日に」ってこと。 そして "tomorrow"。 この "to" も 「…に」 ってこと。 それで "morrow" は… 実は「朝」っていう意味なんだ。 おそらく「(あくる)朝に」っていうことから 「明日」 っていう意味で用いられるようになったと考えられる。 なんだか、"yesterday""today"っていうのは何とか理解できるとはしても、"tomorrow"の起源はちょっとこじつけのような気もするね。 しかし多くのヨーロッパの言語では、現在でも「朝」と「明日」は同一の単語が用いられている。 例えばスペイン語で「朝」と「明日」は "manana"(真ん中のnの上には「〜」がついている)という単語が今でも用いられている。 昔のヨーロッパの感覚では「朝」=「未来のこと」として捉えられていたようだね。 今や英語圏でも"morrow"が「朝」という意味だった、とは知らない人が殆ど。 そして "tomorrow" と "morning" といった具合に、別々の単語が用いられている英語圏の人間にも、この感覚は理解しがたい。 英語圏の人間がスペイン語を勉強する時、必ず目を丸くして「『朝』と『明日』が"manana"なんて… どうやって区別するの?」と疑問に思うくらいだ。 言語っていうのは、時には適切が単語がなくても、状況で判断する時が必要だってことかな。 えっ、「貸す」も「借りる」も同一?! ちなみに多くの言語では「貸す」と「借りる」は同一の単語を使う。 例えばスペイン語なら "prestar" という一つの単語が 「貸す」 と 「借りる」 の両方を意味している。 これは英語でもそう。 "rent" っていう単語だって "賃貸する" と "賃借する" の両方を意味している。 日本人にしてみれば、「混同しないのかな?」と思うかもしれない。 しかし日本語でも同音異義の単語がたくさんあっても問題ないように、彼等は上手い具合に使っているようだ。 それではここで20世紀の偉人、ガンジーのエピソード。 読み終わったらガンジー先生を一回クリックしてメインページ戻ろう! It was almost impossible for me to sleep in the dark, as I would imagine ghosts coming from one direction, thieves from another, and serpents from a third… I could not even sleep without a light in the room. 一方からお化け、もう一方からは泥棒、そして別の方向からは蛇がくる…そう想像すると暗い所で寝る ことができなかった。 僕は明かりなしでは寝ることもできなかったのだ。 インド独立の父、ガンジーの高校時代のエピソード (ガンジーの自叙伝「The Story of My Experiments With Truth」より) ![]() 英語は話せると楽しい。 そして読めても楽しい! 新しい世界が広がります! メインページに戻る |
なぜ "go" の過去形は "went"? |
